カテゴリー「【思い出】芝居ワタシ」の3件の記事

苦い・・・

 

初舞台は大学院1年生でした。
市民ミュージカルのキャストを募集していて、
美術を学んでいたワタシは
舞台芸術に関わってみようと応募。
半年間の稽古。
演出&演技指導の先生は、俳優座の矢野宣さん。

 

2年後(かな?)にまた市民ミュージカルに参加。
やはり稽古は半年くらい。
演出&演技指導の先生は、大谷美智浩さん。

 

市民ミュージカルはこういうスタイルだったんです。
作品ごとに引き受けてくださる先生を探すのです。

 

初舞台以来、市民ミュージカルに関わりつつ
地元のアマチュア劇団で活動しました。
同時にバレエを習いました。

 

で、結婚。翌年に出産。

そして1997年。
りゅーとぴあ開館記念にミュージカルをやるらしい。
キャストのオーディションをするらしい。
まさか自分は参加できまい・・・
子どもは生後6ヶ月。無理だろ普通。。。

 

でもダンナに相談したら「やれば」と・・!!
じゃあやる!!!!!

 

人生初のオーディション。子持ちで。
ひたすら緊張。必死。
合格して稽古スタート。
毎日「引っ越し?」っていう荷物を運び、
子どもを母に託す。(気違いだね)

 

ワークショップや芝居の指導を
栗田芳宏先生と吉田鋼太郎先生から受けた。
このときのショックをワタシは忘れない。

本物に触れた感。

あぁこれだと。思いましたね。
今まで「どうも気持ち悪いなぁ」と思っていたものが
一気に溶け去ったカンジ。
この感覚は忘れられない。

 
 

あれから10年たつんだなぁ・・・

 
 

一度ならずあきらめた芝居。
子育てや勤務とのかねあいで。
でも今、[ハムレット]に向かって稽古に参加している・・
参加していること自体が奇跡的だ。
感謝と喜びでいっぱい。。。

 


今日は稽古場で昔話に花が咲いて。
思わず振り返ってしまいました。

なんでワタシはこんなに芝居をしたいんだろう。

芝居でもって観客に受け入れられたいのか。
受け入れられることが目的なのか。

そうかもしれない。
本当の自分をそのまま受け入れてくれる芝居。
これが必要なのだ。ワタシには。
本当の自分を表現することが芝居であるならば。
その表現がその芝居に必要であるならば、
ワタシは生きて行ける。
そういうことかもしれない。

 
 

プロを目指すかどうかではない。
ワタシの場合は、生き方に関わっている。
ワガママを正当化する作業。
それが芝居。。。。。かな。

 
 
 

とにかく、今は、うまくなりたい。
苦い感情でいっぱい。若い時とは違う。
前進は、苦い。それが良い。

 
 

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一夜明けても

 

まだ信じられない。

 
 
ある芝居仲間が亡くなったと
昨日の夕方、知らせがあった。

ワタシは息子と信濃川縁を自転車に乗っていたとき
仙台の先輩から電話で知らされた。

 
 

初対面は'98の『シャンポーの森で眠る』。
りゅーとぴあ開館記念ミュージカルで、市民が多数参加した。
一つの舞台に向かってみんなでがんばった。
半年の稽古期間、いっしょに頑張った仲間。
何とも言えない絆ができていた。
彼のニックネームは“親分”。
低く響くすばらしい声の持ち主だった。

 

'94年、りゅーとぴあ能楽堂での『マクベス』で
親分は鳴り物の演奏をした。
休憩なしの約2時間、太鼓やツケをたたいた親分を、
とても頼もしく感じた。

 

その後も舞台を観に行ったときに会ったりしていた。
いつもニコニコと親しみいっぱいに接してくれた。

 
 

明日、お通夜だ。
やっぱり信じられない。

 
 

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ほぼ休肝中

すなわち、最近“家飲み”しないので
ほぼ休肝状態なのです。

以前は会社から帰ってまず缶Beerを開けて、
主婦モードに切り替えるのが習慣でした。
「ビールはワシの変身ドリンク♪」
とかいいつつ、飲みながら料理したりして。

でも去年のKURITAカンパニー『リア王』 稽古以来、
自宅であまり飲まなくなりました。
飲んでる場合じゃなくなってきたのです。

 

家飲み時代の飲む目的は“暇つぶし”。
(もともとキライじゃないし。強くはないけど)
子持ちの主婦は外出がままならない。
家での時間をムリヤリ過ごすために飲んでました。

独身の頃は退社(18時)後が忙しかったんです。
市民参加型ミュージカルの稽古や、ダンスのレッスンに行き、
その後アマチュア劇団の稽古に行き、
ひどい時はその後真夜中の会社に戻り残業したり。
若かったなぁ・・ 当たり前にやってたからなぁ・・

結婚に向かってちっとも動き出さないので、
ある日、業を煮やした両親4人組が勝手に式場を仮予約してきて、
「◯月◯日 結婚式するからあけときなさいよ」と言われました。
とにかく私は私なりに突っ走っていたのです。
若かったからなぁ・・

車は急に止まれなくって、
結婚しても子どもが生まれても芝居をしました。
(ダンナも賛成してくれたので)
「次回はさすがにムリだろう」と頭で思っても、
「キャストを募集している」と聞くと
もう制御不能なボイラー状態。
歯止めが効かないのでした。

やっと止まったのは、息子が3歳くらいの時。
ケトン性の発作を起こしやすい体質だとわかり、
ようやく私のボイラーは静まりました。
でも種火が残っていて、
3年後、息子の小学校入学の時期に
参加させていただいたのが『マクベス』でした。
(この時期も休肝しましたね)
公演終了後の打ち上げ会場で、
柱にしがみついてワァワァ泣きました(笑)
ボイラーを再び静めるのはやっぱシンドかったんです。

それからさらに2年半。
『リア王』に参加させていただきました。
ボイラーさんは年をとったために変質していました。
なんか違う。違うのはわかるんだけど、
じゃあどうなの?ってのがまだ掴めない。
今度の『テンペストでは、それを掴みたいです。
いまだからこその何か があると思うんです。
 
 
いやぁ長くなりましたね。
ワタシにとって休肝はそれほどイチ大事ってこと?(^▽^;)

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